2026.7.29児童通所施設の職員さんからのご質問にお答えします
児童通所施設の職員の方からいただいたご質問にお答えさせていただきます。
Q1:ポジティブなメンタルヘルスを醸成するために組織として行えることを伺いたいです。
A1:仕事に対する誇りやプライドを持ち、やりがいや生きがいを感じられることが一番のメンタルヘルスへの貢献であると考えます。そのためにはやはり事例検討会を継続して行っていくことが良いと思います。その積み重ねとして自分たちの支援に自信が持てる、子どもたちの変化が見えてくる。かといってそれが過重労働になってしまっては本末転倒になってしまうので無駄を省いた業務のリストラクション(再構築)、記録などの事務的業務へのITの導入などの工夫も同時に求められてきますね。あとは職場の風土。リーダーのこころの持ちようは組織の他の人たちに与える影響大です。それぞれがなんでも話せる人間関係を構築していくこと、まずはリーダーがポジティブな発想「足し算の発想」を意識していくことで風土は変わっていきます。
Q2:保護者に日常の育児で虐待に当たることは何か伝え、共通認識にすることの難しさを感じることがあります。利用者(保護者)向けの勉強会を実施する場合、どのような点を留意できると良いのか教えてください。
A2:利用者・お子さんの場合:虐待とはどのような言動がそれにあたるのかを学び、虐待をうけた時にどう行動したらよいかを具体的に学びます。具体的に学ぶにはわかりやすいシチュエーションを設定してロールプレイを用いるとなお良いと思います。保護者の場合:まずは率直になんでも話せる、シェアできる時間と場の設定が必要と思います(個別でもグループでも)。子どもを虐待してしまう、あるいは虐待しそうになってしまう、どうしても子どもがかわいいと思えない、などと言った感情が吐き出せる場があるといいですね。その場合、支援者や他のメンバーが責める、裁くのではなく親御さん自身が自らの感情の整理ができるようお手伝いできると良いと思います。私的には「触れる関わり」を学ぶことも効果があると考えています。
Q3:問題行動を起こした子どもに対する指導であっても、子どもに強い恐怖やトラウマを与えるような行為(大声で怒鳴る、黒板を叩く、暴言を吐くなど)は、虐待や不適切な指導に該当すると考えられるのでしょうか。
A3:はい、不適切な指導であると考えます。恐怖や脅しは子どもにいじめられた、傷つけられた、他の子どもがいた場合は恥をかかされた、理解されていない、拒否された…といった迫害・被害感情しか与えません。大人に対する不信感がますます募ります。伝えたいメッセージも伝わりません。なので、まずは支援者側が落ち着いて子どもの言い分に耳を傾ける。子どもの気持ちを汲んだうえで伝えるべきメッセージを伝えます。ただし、深刻な内容の場合は甘えを刺激するだけではなく不退転の毅然とした態度で伝えることが大切です。
Q4:お子さんに対する保護者の言い方や内容がきつかったり、あるいは、確かに動きの多いお子さんではあるけど保護者がドアにカギをかけたりしたとき(お子さん、保護者、私が同じ屋にいる状況で)、そんなにきつく言わないでも、とか、カギをかけないでもと思いますが何も言わないときの方が多いように思います。先生は、そのような状況ではどのように考え、どのようにされているのでしょうか。
A3:タイミングが大事ですよね。親御さんが批判された、誤解された…といった負の感情をできるだけ抱かないように配慮することが求められますね。でもお子さんの最善の利益を考えれば伝えたほうが良いと思います。「あのとき○○とおっしゃられましたが、どういうお気持ちだったのですか?」「ちょっとこわい感じがしたのですが」。そして他の言い方、方法が無かったか親御さんと一緒に考えてみる。「カギをかけないで済む方法は他にありませんかね。うーーん、私ならこうするかな」といった具合に具体的に考えてみると良いかもしれませんね。
2026.6.20神奈川県社会福祉士会主催の障害児・者虐待防止研修でのご質問にお答えします
2026年6月20日に行われました神奈川県社会福祉士会主催の障害児・者虐待防止研修会で頂戴しましたご質問にお答えさせていただきます。なお当日会場で回答させていただいたご質問に関しては割愛させていただきます。たくさんのご質問ありがとうございました。
1,シモーヌ・ヴェイユの「重力」について・・・どうしたら上から下に落ちちゃうのに抗うことができますか?
下に落ちていくのを止めるには神からの恩寵によるしかない(重力と恩寵)、と彼女は言います。しかし、日本人の私たちにはピンとこないですよね。つまり、こういうことです。自分が自分がといった欲求や楽な方へ楽な方へと流されていく自己中心性にあらがうということであり、それは人間の力だけでは無理。なので自分は無力であることを認めたうえで超自然的な力が自分に及ぶことを期待する、ということでしょう。AA(アルコール・アノニマス)などの依存症の自助グループでは共通して「大いなる者に委ねる」ことを最後に宣誓していますよね。自らの自己中心性を見つめその心性に抗うこと、そしてすべてを委ねることで大いなる者からの恩寵が注がれる・・・ということでしょうか。
2,「おかしい!!」と感じても火に油を注ぐことになるかも・・・自分の立場が弱い。自分には手に負えないから笑顔でいよう・・・。支配やコントロールが逆になり巡りめぐって支援者がコントロールされたら負けだ!という理論によってダメ支援者(笑顔は必要ない)となり、支援者自身がコントロールを放っているように感じる。怒りでコントロールして支援が必要な患者様や子供たちを言うことをきかせようとする場面に心と胸が痛くなります。
講演の中で少し触れましたが「個人的信用を得てからの改革」が有効と思われます。最初はおもむろに批判せず周囲に合わせているように見せる…ただし虐待行為は絶対にしない。ただ、信用を得るまでの間、時には耐え難い虐待風土に身を置かなくてはなりませんから「一貫した抵抗」より心身ともにしんどいかもしれませんね。まさにパッション(受難)ですよね。その間に服従から自律的積極的虐待者にならないよう自らの意志を保ち続けることは大変なことです。でも、利用者さんにとってはその人は無くてはならない存在です。一人で孤軍奮闘することなく少なくても3人の同志を見つけられると良いですね。よかったら研究所もご活用ください(ご相談ください)。ご一緒に考えて生きましょう。映画「シューシャンクの空に」を観て見てください。勇気づけられますよ。
3,要介護の認知症を抱える妻と養護(介護)者の夫二人暮らし。気の強い妻が些細なことで夫に手をあげようとする。夫が止めようとして(実際にけがをしている)妻の腕をつかんだり押したりする、妻に痣が残る。→養護者である夫が虐待者になる。ただ、夫もけがをしている。「それでも二人でいるときで良いときもあるから二人で家がいい」と考えている。包括支援センターや高齢者支援課は夫を虐待者と見ているが、私の中では「虐待者」という言葉、夫をそのようにみてよいのかモヤモヤしています。利用者の最善だけでは考えにくく悩んでいます。
苦しいお気持ちお察しします。「虐待者」というスティグマ(烙印)は嫌な表現ですね。
一つ提案ですが「触れる関わり」を実践してみてください。人は究極的には人の温もりが必要な生き物であると思います。このホームページにも詳しく取り上げていますので参考になさってみてください(触れる関わりのページ)。「タクティール・ケア」(認知症の方への有効なかかわりのテクニック)はずいぶん前から紹介されていますね。youtubeでも紹介されています。
以前NHKスペシャルで「驚異の小宇宙 人体Ⅱ 脳と心」と言う番組が放映されましたが、この第5巻「秘められた復元力~発達と再生~」をよかったらご覧になってみてください(NHK出版から本も出ています)。左脳を全損傷した奥様の回復に関わる老夫婦のお姿が描かれており大変参考になります。DVDも出てますし図書館などにあるかもしれません。
4,「援助者」という立場は対象の人にとってどういう意味をもっているとかんがえておられるか?ひとりの生活者として「援助者」の立場のスイッチのオン、オフをどう切り替えるか?
私は「支援」「療育」「介護」など対人関係の中でオフィシャルかボランティアかを問わず利用者を支えていく者を総じて「援助者」と言っています。教育者や指導者ではなく教科書的に言えばご本人の意思決定支援を側面から支える「伴走者」ということでしょうか。ですが、スイッチのオン・オフは真摯に丁寧に関わろうとすれ
ばするほどその切り替えは難しくなるかもしれません。講演でも「関心をもつこと」が基本的に大切であるとお話しさせていただきました。職場を離れてもその方のことに「心を使っていること」ってありますよね。プライベートだから考えないと思ってもそう簡単に割り切れるものではないでしょう。この関心度の違い・・・これって不思議と対象者さんに伝わるように思います。ただし、のめりこみは要注意です。いわゆる「逆転移」(利用者さんの感情転移に反応してふりまわされてしまうこと)を起こさないよう客観的に自分を俯瞰してみていける余裕が必要ですね。
5,ご自身が働く場で残念なかかわりがあったとしてどうされますか?発表されたことは文字面では理解しています。通報したことで強制的に退職に追い込まれた方と知人になりました。
通報したことで強制的に退職に追い込まれたとすれば、それは明らかにコンプライアンス違反ということになるでしょう。虐待防止法でも公益通報者保護法にも違反しています。私の記憶にある事例ですと2019年、東京都小平市で園内の虐待を証拠写真と共に通報した男性が「プライバシー侵害」に当たるとして法人から懲戒解雇された事例があります。男性は法人を相手取って裁判を起こし、結果男性の解雇の撤回と解決金480万円をしはらうことで和解。実質的な男性側の勝訴でした。
しかし、裁判に発展するとかなりの労力を要します。しかし、泣き寝入りはせずに信頼できる弁護士に相談したうえで係争することが求められると思います。裁判の前にまず行政が介入し的確なジャッジをすることが前提になると思いますが・・・。わたしでしたらまず虐待防止委員会等への内部通報。誠意ある動きがみられないようであれば行政への通報。報復的な処分があった場合はコンプライアンスに基づく法的手段をとると思います。そのためには詳細な記録などの証拠が必要になります。また、いきなり弁護士ではなく、たとえば「障害者人権ネットワーク」などのワンステップ機関にまず相談することもありだと思います。自分一人で抱え込まないことです。
6,問題行動という言葉が出てきた→行動や心理状況を客観的に見ることで問題と決めつけることもなくなるのではと考える。
私もそう思います。「問題行動」とは支援者にとっての「問題」であって利用者は「問題を抱えて苦しんでいる人」だと思います。「課題行動」「チャレンジング」という言葉がありますが、わたしたちに「課題」「チャレンジ」を促し提供してくれている人、ということになると思います。
7,アイヒマン実験で実験をやめた35%の方のその後を知りたいです。
実験後に彼らの生活にどのような変化があったかは資料を紐解いても書かれてはいません。ただ実験を止めた彼らの傾向についてはミルグラムは次のようにまとめています。
・生徒(質問に答える側の人)の苦しみの責任は第一に自分自身にあるとみている。
・服従した(最後までやめなかった)被検者よりファシズム、権威主義的な傾向が低い。
・高い水準の道徳段階に達している。
・教育レベルが高く、技術的職業より精神的職業の者が多い。
最後にミルグラムは次のように言っています。
「ある単一の気質が不服従と結びついていると信じたり、親切ないい人は服従を拒否し、残酷な人は服従するといった単純な主張に走るのはまちがっていよう。当の過程にはあまりにも多くの問題があり、人格の様々な要素が複雑に役割を演じているのかもしれないのだから。(中略)個人がどうふるまうかを決定するのは、彼がどんな種類の人間かということよりむしろ、彼がどんな種類の状況に置かれているかということなのである」(「服従の心理」1980(和訳)p.267)つまり誰でもが状況次第で虐待者になりえるということですね。
ちなみに実験終了後は生徒は電気ショックは実際には受けていないこと、中断した被検者にはその決断は正しいということを。最後まで辞めなかった被検者には、その行為は自然で正常な行為であることを伝えました。
8,知的障害のある利用者に対する性的虐待。加害者と疑われる支援者が行為を否定し、他に目撃者がおらず客観的な証拠が得られない。どう対処していくべきか?
その方が性的虐待の加害者だということはどのような根拠によるのかが分かりませんが、被害者と思われる利用者さんの訴えがあるということでしょうか?聞き取りをするには特別な専門性が必要になりますので通報と言うよりは現状をもって相談というかたちで行政の相談窓口に持って行ってはいかがでしょうか?場合によっては更生相談所、病院、保健所などにつないでくれるかもしれません。最終的に証拠不十分ということになったとしても「そのままでは終わらない」「周りが動く」ということが当該支援者に伝わればかなりの抑止力になると思います。とにかくよどんだ水を揺り動かすことが大事かなと思います。
■ 12月13日(土)チャリティーコンサートやります!!詳しくはこちらをご覧ください!!!
■ 投稿を増やしましたのでよかったらのぞいてみてください。(2025.9・27)
タイトルは以下になります。
■ 2025年 10月10日(金)~12日(日)福島出張
10月23日(木)~26日(日)福島出張
* 9月の出張では初めて訪れた山形の事業所さんがあり、とてもgoodな雰囲気(風土)で素敵な出会いがたくさんありました。ありがとうございました。
10月26日(日)にはボランティアフェスタが会津短大の体育館で行われます。ボブさんも出ます!ぜひ遊びにいらしてください。

■ 2025年 9月10日(水)~13日(土) 山形、福島出張

* リラクセーション・ボブ:会津地域にお住まいの方、可能な限り対応させていただきますのでお問い合わせください。
(2025.8/26)



